1.唐揚げへのレモンのかけ方
「はあ?お前何キレてんだよ。たかが唐揚げにレモンかけただけじゃねーか。
これが最高に美味いんだよなー、この美味さが分かんないなんて人生半分損してるよねー。
あのな、よく考えてみ?なんでレモンが添えられてあるんだよ。最高に相性がいいからだろうが」
「唐揚げ+レモンが正解なら最初からかけられてるかレモン味付けられてるだろ馬鹿か。
お前はコーヒーについてきたミルクと砂糖を必ず入れるのか?イノダコーヒのアラビアの真珠だって多様性を認めたんだぞ?
何のためにレモンが別に添えられているのか考える頭もないんだな。
揚げたてサクサクの衣に香ばしく漂う醤油の匂い。
その食感と香りが食欲をそそり、柔らかく揚がった鶏肉を噛んだ瞬間ふわっと肉汁が滴り落ち口の中で広がる。
そいつが唐揚げの醍醐味であり美味さじゃねーか。
ところがレモンてやつはそいつを全部ぶち壊してしまう。 衣はしなしなになり、醤油の香りはレモンに奪われちまう。
ああそうさ、お前は名プロデューサーだよ。脇役だったレモンがお前の手にかかった途端にスポットライトが当たって一瞬にしてスターだ。
だがな、唐揚げとレモンのハーモニーが最高だとか間違っても思うなよ。
お前がやったことは単に唐揚げの本当の美味さを殺してるだけに過ぎない。
お前、レモンのチカラみくびんなよ!」
「そこまで言うなら、じゃあ教えてくれよ。
煙草が無かったら、セックスの後に何をしたらいいんだ?
酒が無かったら、仕事と人生に絶望したとき何を飲めばいい?
唐揚げにレモンをかけなかったら、何にレモンをかけたらいい?」
「俺は、なにも唐揚げを酸っぱくされたからって怒ってるわけじゃないんだよ。
大勢で取り分けて食べるものに、さも当たり前のようにレモンをかけるその神経が許せないんだよ。
全員の確認も取れないのに、勝手に料理の味変えてんじゃねえよ、図々しい。
その神経が許せない。
俺はその神経に対して怒ってる。
お前は昔からそうだよな。高校の体育祭でお揃いのTシャツ作ろうって言い出したのもお前だよな。
ウキウキしてそれはそれは楽しそうに。そんなの着たくもない人がいるなんて頭の片隅にも思い浮かばずにさ」
「お前はいつだってそうだ。遅いんだ。いつも一歩遅いんだよ。わかるか?
もう唐揚げにはレモンがかかってしまってるんだ。
あの時だってそうさ、体育祭でTシャツを作るのを決めたのはあの地味な学級委員長だ。
彼女はお前のことが好きだったんだよ。
お前と一緒に想い出を作りたかったんだよ。ずっと彼女は俺に相談してたんだ!
だがお前は彼女の気持ちに気付かなかった!両想いになれるはずだったのにもかかわらずだ!
俺が彼女と付き合い始めた後お前は散々文句を言ってきたけど、お前が先に彼女に手を伸ばしてやればよかったんだ!
今だってそうさ、唐揚げの皿がテーブルに運ばれてきた瞬間にもう始まってたんだ。
お前は俺より先に手を伸ばしさえすればレモンも唐揚げも守れたんだ。
それなのに後から愚痴愚痴言いやがって…もうレモンはかかってんだよ。
いつまで過去向いて生きてんだよ!
いい加減空気も、先の人生も読めよ! 」
「…これは言わないでおこうと思ったんだが。
この間飲んだ女の子覚えてるか?ホラ、お前が一番可愛いって言ってた子だよ。
みんなで連絡先交換してさ、冗談交じりに唐揚げのこと聞いてみたら、あの子何て言ったと思う?
本当は唐揚げにレモンはありえない、って言ったんだぞ!
嬉々として唐揚げにレモンをかけながら、これが美味いんだよねーっていうお前の顔見たら何も言えなかった、って。
お前はやっぱり唐揚げにはレモンだよねーって満面の笑顔になって全力で空気を読んでしまう、協調性の塊みたいな女の子がいるってことを考えもしなかったのか?
本当に空気を読んでなかったのはお前なんだよ。いい加減気付けよ!」
「よしわかった。もう一皿頼もう」
「「それじゃ揚げ物が多すぎて他の料理のバランスが崩れるだろうが!!」」
「アタシは別にどっちでもいいし。
まあレモンかかってないほうが好きだけど。
わざわざ唐揚げにレモンかけるなっていう男って、それいうことが面白いと思って言ってる奴が大半なんだよね。
かと言ってレモンかけてもいいですかーって確認とる奴もウザい。
そんなのいちいち聞くなっつーの。
アタシはレモンがかかってたら黙ってあまりかかってないの食べるよ」
「「「はい…」」」
…っていうのをココリコミラクルタイプに応募しようと思うんだけど、どう?ってこの間、女の子と唐揚げハイボールで流し込みながら話したら「長い。あとココリコミラクルタイプってナニ?」って言われて泣いた。俺のユーモアが。
唐揚げにレモンはどっちでも良いらしい。
話が長いのはダメらしい。
あと笑う犬の話もダメらしい。